4 元気が出るまちの誕生

歩けるようになったおばあちゃん

 なんと、この家に移ってから、山口さんの母親が車椅子なしで歩けるようになった。

 室内や外廊下に手摺りが機能的に設置されていることと、家の外には顔見知りの仲間がいるという安心感が合わさって、一人で歩いて外に出るようになったのだという。

「私が出かけて留守の時に、おばあちゃんが、同じ階にある西田さんの家まで一人で歩いていったんです。電話の使い方がわからなくて、教えてもらおうと思ったと言ってました」



 山口さんは、帰宅してからこのことを聞いて、本当に驚いたという。

 マンションの廊下に出れば、中庭を囲んでみんなの家がある。顔を合わせれば挨拶してくれる。老人の孤独感はなくなったのである。

 今では、室内では、ほとんど車椅子を使うことはなくなった。外出する時に使う程度だという。住まいが母親の身体を元気にしたのである。

 山口さんがポツリと漏らした言葉である。

「ここにきてから、親子で喧嘩をしなくなりました。介護する立場には、将来の不安も重なって、ストレスがたまるんです。ここに来てから、それがなくなりました

 いかに建物とコミュニティが大切か。山口さんの家は、それをよく教えている。

元気のいいコミュニティ

 この建物では、若い世帯からお年寄りまで、さまざまな世代が居住している。若い人は、買える値段だから入る。お年寄りは、老後の住まいとして理想的だということで入る。さらに住宅面積が広いため、三世代の同居家族もいる。その結果、自然に、いろいろな世代が住むようになった。元気のいい街の誕生だ。

 いろいろな世代が混在するのは建物管理にもよい。働き盛りの人には、管理組合の仕事は大変だ。そんな時には、定年後の居住者が中心になる。そして、何人かの赤ちゃんや小学生がいることも、コミュニティの活力のためには重要だ。

 もちろん、逆に、世代がいろいろだとマイナス面もある。それは、同世代の仲間が集まってお茶を飲んだり旅行したり、飲みにいったりという盛り上がりには欠ける点だ。しかし、そのような関係は、マンション内よりも、地域というもっと広い範囲で育まれる方が望ましいだろう。近くに住む人と、あまりに人間関係が濃密になると、時には息苦しくなることもあるからだ。

 このマンションでも、普段は互いに適度な距離を保って暮らしている。それが気楽な都市生活のあり方だ。ところが、新年会や夏祭りといった節目には、一気に盛り上がる。赤ちゃんからお年寄りまで集うという機会は、今の都市ではほとんど失われてしまった。それが、ここでは自然に行われている。都市コミュニティの新しい文化を生み出していく兆しかもしれない。



地主さんも一緒に集う

 二月の土曜日には、地主さん主催の「ソバ打ち会」が開かれた。地主さんは、近くの農村集落に住み、毎年、大晦日には親戚を集めて年越しソバを打つのを定例としていた。その腕前を、みんなに披露してくれることになったのだ。

 当日、コミュニティ・ルーム前の広場にソバ打ちの道具が持ち込まれた。

「ソバを打つのは、けっこう力が要るんだ。三〇人前も打つのはひと仕事だ。よいしょ……」と始めた地主さん。それを見ていた二階に住む宮沢さん。「前から一度やってみたかったんです」と言って、教えを受けながら悪戦苦闘している。

 ちょうどお昼頃にできあがる。学校帰りの子供たちも集まってきた。

できたてのソバは旨い。地主さんや宮沢さんは、ビールを旨そうに飲むが、働かなかった私は二月の寒さに、もっぱら、熱いソバをすする。

 地主さんの言葉。「いやあ楽しい。こういう人間関係ができていくとは、地主冥利に尽きる。この事業をやって本当によかった」。

 ところで、この地区は、農地を区画整理してできたものだ。土地を守っていくのは地主さんだ。その地主さんと実際に住む人々が互いに交流をもち、そして良い街にしていこうと協力していく。このような関係は、仮住まいの単身者が多いアパート経営では生まれにくい。つくば方式だからできる関係だ。

 元気のいいコミュニティは、マンション内にとどまらず、地主を巻き込み、そして将来は、この地区全体を元気のいい街にしていくことだろう。

 さて、このような夢の永住型マンションができるのも「つくば方式」の仕組みにある。果たしてどんな仕組みなのだろうか。第2部でじっくりとみることにしよう。

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